ビデオと想い出
2012.03.09
娘が幼かった頃に撮りためたビデオ、いくらなんでもそろそろDVDにしておかないとまずいだろうと思い、十数年振りに見直してみた。1歳過ぎくらいだろう か、まだ足取りのおぼつかない娘がカメラに向かって歩いてくるシーンがあった。 ああ、こんなだったなぁ~、と懐かしがる私の目に飛び込んできたのは彼女 が「マンマ、マンマ」と差し出している袋だった。大きく「ひえ」と書かれている。
そうだった、1か月検診でアトピーと診断され、それからは二人でアトピーとの戦い(?)の日々だった…。 一瞬にしてその頃がよみがえり、懐かしいというかドキドキというか、何とも言えない当時の感情が溢れてきた。
娘のアトピーは、喘息の父親と、私の若いころの不摂生が原因の一端を担っているに違いなかった。最初から完全母乳と決めていたので、アトピーやアレルギー の本を読み漁り、桶谷(母乳マッサージや食事、授乳についての指導をしてくれる)に通い、食餌療法を専門とした小児科医を探し、徹底した母乳管理と除去食 (回転食)を始めたのだった。
水以外で口にしたものはすべてと、一日の症状の変化を書き込んだ「食餌日誌」は今も大切にとってある。
除去したものは、鶏のもの、牛のもの、豚のもの、豆類、小麦、米、ほとんどの果物、アクの強い野菜、青魚、赤身の魚、砂糖、油…。小麦や豆がダメなので、味噌や醤油も使えない。 ではいったい何を食べればいいのだろう…。
主食はアワ、ひえ、キビ、アマランサス、キヌア、サクサク粉(さごやし澱粉)タピオカ(キャッサバの芋の澱粉)などを交代で。蛋白質は肉だったら、カエ ル、鹿、うさぎ、カンガルー、ワニなど。魚は白身でイトヨリ、カワハギ、まなかつお、タカベ、イサキ、太刀魚、サメとか。
野菜は無農薬、有機栽培で旬のものを、イモ類はサツマイモ、果物はりんご、それらを同じものが続かないよう回転させて調理する。調理といっても焼くか煮る か蒸すか、で味付けは塩のみ。 たまにちょっとだけ甜菜糖。23年も前のこと、食材を調達するのもそれなりに大変だった。
約3年でアトピーはかなり改善し、徐々に普通食に移行することができた。貴重な、素晴らしい経験だった。あんなに一所懸命生きたことはなかった、あれほど 命と体について深く考え、勇気と情熱をもって暮らしたこともなかった。 また、アトピーが娘でなく私自身のことだったら、おそらく途中で投げ出していただ ろう。
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当時、私を導いてくれた娘に感謝すると同時に、今はどう生きているのか?と自分に問うきっかけになる出来事だった。